教育と、旅と、地域活性と、日々のあれこれについて。
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[20110508]
7度目か、8度目のカンボジア。

一之瀬泰造という戦場カメラマンの幻影を追いかけて
初めてその地を訪れたのが2004年。

この7年間の中で、自分の中における
カンボジアの存在感は、徐々に大きくなっていった。

実はベトナムにもラオスにも、中国にもマレーシアにも行ったことがない。
未だ直行便がない、カンボジアに通い続けている。

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最初の旅での、Savongという青年との出会いが
自分をカンボジア遍歴にさせたことになる。
※Savongとの出会いの詳細はSavong Schoolのサイトにアップしています。


「誰もが学べる場を作りたい」

Savongの純粋で、実直な想いが自分を始めとした多くの人々の心を打ち
自宅の軒先に机と椅子を並べただけの寺子屋から始まった
フリースクール、Savong Schoolは、今や延べ600名が集う学びの場となった。

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学校がある、シェムリアップという地域には
名高い世界遺産、Ankgor Wattが君臨している。

1990年代後半に内戦は終結し、治安はすっかり安定しており
近年は韓国人や中国人を中心とした観光客が急増。
町は活気にあふれ、ホテルやショップが次々と建設されている。

SavongSchoolの理念には、このような町の背景がある。

観光客相手のガイドは、この国では比較的高収入が得られる職業。
公務員の月収は約60$だが、Ankgor Wattなどの遺跡を一日ガイドすれば
10~20$の対価を得られる。

SavongSchoolは町の中心から大きく外れた農村地帯にあり、
貧困にあえぐ人々は少なくない。
青年Savongは、学校をつくることで、その状況を打破しようとした。

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(右から2番目がSavong)


このフリースクールがカンボジアに数多ある学校と大きく異なるのは、
国際NGOが全く入り込んでいないことが挙げられる。
寄付に頼り、NGOが主体となって運営するモデルでは、現地の人々の自立は遅れる。
(もちろん、自分をはじめとした、数人の継続支援者は存在しているが)

Savongを中心としたカンボジア人が、自らの意思で運営しているのだ。
結果、設立から7年が経過してなお、この学校は地域に認められ、
生徒数は毎年増え続けている。

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(Savong School。月~金曜の14:00~19:00に授業が行われる)


さらに、孤児院(orpahanage center)を2008年に設立した。
今は32人のこどもたちを育てている。
運営資金はアメリカやオーストラリア等の人々からの出資で賄っている。

3度の食事、飲料水、ベッド、トイレ、着替え。
それらが保障された場で、こどもたちの表情は活き活きとしていた。

また、孤児院はSavong Schoolの近くにあり、
こどもたちは学校に通い、語学を身につけることもできる。

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Savongの挑戦はそれに留まらない。
現在着工中の孤児院があと2つ、さらにSavongSchoolでの成績優秀者に
大学の通学費用を助成する基金の設立(Savong School fundation)も立ち上がろうとしている。
また、彼には「寄付でなくビジネスで学校や孤児院を運営したい」という明確な思いがある。

実は、学校が始まった当初のSavongはそうでは無かった。

" So, I want a donation."(じゃあ、寄付してくれないか)

そう繰り返す青年だった。
しかし、7年間学校を運営していく中で、彼の考えは変わっていった。

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(建設中の孤児院)


学校を通じて出会った外国の人々とともにビジネスを展開し、
そこで得た収益を学校や孤児院の運営に充てたい。
それを、次々と行動に移している。

こういった彼の考えは、この国ではとても珍しい。
もし彼が日本人だったら、「社会起業家」と
呼ばれるようになるのかも知れない。


Savongとの関係は、この先もまだまだ続きそうだ。
ここには、自分にとっての「教育の原点」が詰まっている。

[20080320]
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「五体投地」


チベット仏教では、
巡礼者はこのスタイルで聖地へと向かう。

ゆっくり、ゆっくりと。

仏への愛と、この世の平安を祈りながら。



そんなチベットの人たちが、「暴動」を起こしました。


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ご存知の通り、

中国はいま、怒涛の躍進を遂げています。
北京オリンピックを控え、経済成長の勢いは未だ衰えていません。

オリンピックは単なる祭典ではありません。
中国にとっては、国家の将来を賭けた大勝負なのです。




中国は他民族国家です。

もう、50年以上も前から、
中国は少数民族を迫害し続けてきました。

経済的、精神的、宗教的弾圧。

2006年にチベット自治区で、
ダライ・ラマ巡礼に向かうチベット仏教徒に対し、
中国政府軍が、まるで狩りをするかのように
殺害を行った一部始終が報道され、大きな問題になりました。

でも、50年以上前から、ずっと、起こっていたことなんです。



数年前に、チベット・ラサまでを結ぶ
「青蔵鉄道」という路線が開通しました。

世界最高標高を走るこの列車は、
多くの外国人観光客と、多くの漢民族を招くこととなりました。


同化政策


55の民族を抱える中国政府は、
民族をひとつにしようと、ラサの地に漢民族を送り込みました。


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度重なる中国政府の非人道的行為に、
ラサの人々は、ついに爆発したのです。



いま、チベットへは外国人は一切入れません。
中国政府が強制退去させているからです。

日本に流れる報道では
「ラサで僧侶たちが暴動 数人が死亡」


日本のメディアが立ち入れないのに、
この情報は、誰が提供しているのか。



もちろん、中国政府です。



いま中国では、YouTubeが見れないらしいです。

強制退去させられた外国人などがアップした、
「チベット騒乱」の映像を見せないために、らしいです。


たぶん、いや間違いなく、
いま、チベットでは虐殺が起こっています。
民族粛清という名の非人道的行為が、
中国政府の手によって、いまこの瞬間にも。


それは、ナチスやルワンダでかつてあったような。
パレスチナで、世界各地で、いまも起こっているような。





チベット仏教の指導者、ダライ・ラマ14世はこう言います。

「我々は、平和な解決を望んでいる」 と。



中国の首相はこう言います。

「ダライ・ラマは暴動を扇動している」


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知るということは大切なことです。

報道を鵜呑みにしないということは大切なことです。

そして、忘れてはならないのは、
僕らが糾弾しなければならないのは中国の国家であって、
中国に住む人々に対してであってはならないということ。




さて、チベットの為に、自分は何ができるだろうか。







ほっぺたと袈裟を真っ赤に染めたチベットの優しい人々を、
いつか撮りたいと思っていた。
[20080125]
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フィリピンには意外にも、花が満ち溢れていました。

特に高度1500mの街、バギオの郊外の家には
大切に育てられている花々が嬉しそうに輝いていました。

花屋もやたらとありましたね。。。


こどももキチンと花に水やり。

DSC_0031.jpg



カメラを片手に歩いていると、
そんなささいなこともふと、発見したりします。

旅先にいるときは、
感性が研ぎ澄まされるような、気がします。


東京の日常ではなかなかその感性を保つのは難しい。
と、いうことで最近はコンパクトカメラを必携してたりします。

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久しぶりにカンボジア以外の海外へ行ってきました。

フィリピンは東南アジアで唯一のキリスト教国家。
日本からほど近く、セブ島などリゾートへの日本人観光客が後を絶たない。

・・・とは言え、今回の旅では一度たりとも日本人に会わなかった。
要するに、そういうところにばっかり行っていた、ということです(笑)


正直、首都マニラのスラム街等の治安はかなり悪かった。
幸い、トラブルには何も遭遇しなかったけれど、
「あ、これは結構ヤバイな」と思うシーンが何度かありました。

しかし、地方はなかなか良かったです。
世界遺産のあるバナウエの郊外の村の人々は素朴で、笑顔がステキでした。
時間があれば、もっと奥地に行ってみたかったけれど。。


それにしても、僕の顔を見て、現地の人々はみななぜか口を揃えて
「アンニョンハセヨ!」の大合唱。

韓国人が沢山来るんでしょうかね。

[20071018]
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ここはインド北東 ダージリン地方。

紅茶で有名なこの地には、世界遺産に登録された鉄道が今も走る。


【ダージリン・ヒマラヤ鉄道】

80kmあまりの山岳地帯を、7~8時間かけて登る。
スイッチバック(進行方向を交代して登ること)と給水繰り返し、
蒸気機関車はゆっくりと進む。

街の中を走り、地元の人々の生活にも根ざしている。
こどもたちは学校への交通手段として利用する。

飛び乗ったり飛び降りたり。
無賃乗車であることを、特に咎めたりはしないという。


冒頭の写真は、ダージリン・ヒマラヤ鉄道を象徴する1枚。
のどかな雰囲気と、穏やかな時間を想像できる。


老朽化による故障、途中停車は日常茶飯事。


でも、いいじゃない。急がなくても。
[20070724]
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ラダック(Ladakh)。

インド北西部のカシミール地方の位置する高山地域。
チベット文化が残されており、小チベットと称される。

中心都市はレー。

パキスタンとの国境争いが激しいカシミール地方は、
現在旅行者の立ち入りが禁止されているが、
ラダックのみ許可されている。

ヨーロッパからのトレッキング目的の観光客が多いという。


チベット仏教に興味があります。
と、言っても詳しい情報はほとんど知りません。

チベットは中国の国境内にある自治区だが、現在も独立を願っている人や動き。
ダライ・ラマが指導者(今は14世らしい)。
「五体投地」という、尺取虫のように地面にはいつくばって寺院へと向かう独特のスタイル。


こんなとこでしょうか。
日本人である僕にとって、信仰心の篤い人々の暮らしや考えは
別次元のもののように思えます。


チベットは観光地化の動きが著しく、中国の最大民族、漢民族からの圧力が激化しているためか
かつての「聖地」のイメージが崩れつつあるとか。
自分の目で見ているわけじゃないので何とも言えませんが。。。

ラダックはチベットの仏教や文化を今でも色濃く残しているといいます。
そして、天空の地とも呼ばれる、雄大なヒマラヤ山脈をバックにした大地。

デリー~レー間の航空便もあります。6~9月が訪れるには適しています。
高山病になりやすい体質なので若干不安ですが、是非訪れてみたい場所です。


・・・これだけじゃあまりにも情報不足なので、出発前にはこのNGOにひとつ話を聞いてみるべし。

ジュレーラダック
http://members.edogawa.home.ne.jp/julay/index.htm
[20070720]
topics092001p180philippine2.jpg



Ph02.jpg



フィリピンはこれまでほとんど気にも留めない国だったわけですが、
目下行きたい度急上昇中!

日本にほど近く、当然航空券も安い。
時差もなく、そこまで過酷な気候ではない。
物価も東南アジアの常識に漏れず、まずまずのところ。
英語圏なので言葉の心配もあまりない(一応タガログ語が公用語)。

認識が甘いのは100も承知です。。
真実を知るためにこういうブログを読もう
http://tacchy-al.cocolog-nifty.com/tacchyal/

何よりこどもたちの笑顔。
カンボジアのそれに近く、やはり心惹かれます。

東南アジア圏にあって珍しいキリスト教国家。
亜熱帯の地の教会もまた気持ちいい空間なのか。

そんなに大きくない印象が強いフィリピン。
実は9,000万人の人口(2007年現在)。2020年には1億人を突破する。

リゾートしてはセブ島が代表的ですが、あえて誰も足を踏み入れた
ことの無いような島へ行ってみたいですね。
[20070317]
auroville_ms.jpg


インド南部、ベンガル湾に面した森の中に、“夜明けの町”オーロビルがあります。40年前に誕生したこの町は、世界各国から集まった人々が共同で環境問題に挑戦する実験都市。かつての赤土の荒野には200万本以上の木が植えられ、あらゆる自然エネルギーを取り込むべく、いたるところにソーラーパネルや風車が置かれています。

持続可能な社会。。。

http://www.auroville.org/


オーロビルの住人には、なりたくてもすぐになれるわけではない。
ある一定期間住み、オーロビルの考えを理解することが必要です。


僕は特に環境問題に熱心な人間ではないですが、
オーロビルの人々の想いや行動に心動かされます。

たぶん、入るくらいはできるんでしょう。
南インドなんて早々行けるところでは無いですが、機会あらばゼヒ
[20070317]
Scrn139.jpg

bt-map.jpg



ブータンは世界唯一のチベット仏教国家。

ブムタン谷、というのはブータンの宗教の発祥地ともいうべき
重要な地らしいですね。

信仰心に篤いブータンの人々の心のよりどころ。


ブムタン谷を訪れるならばここにアクセス!
http://www.kaze-travel.co.jp/program/TB-KZ-26-0.html

「風の旅行社」というサイトは前から知っていたのですが、
一般的なツアー会社と比べて企画が独特で面白いんです。

まぁ金額は安くはないですが。。。でもいい体験ができるんでしょう。


ブータンは貧しい国です。
でも不幸な国ではない。

伝統のしきたりや宗教的な儀礼は守りつつ、
小学生の頃から英語教育がさかんで、国際色が強い。
タバコは国を挙げて禁煙。

規模が小さい国だからできるんでしょうか。
いや、違う。日本だって本気を出せばできるはず
[20070218]
アホウドリの糞でできた国



ナウル共和国は太平洋の赤道近く、メラネシアの海に浮かぶ島国。
バチカン、モナコに続き世界で3番目に小さなこの国は、あまりにも面白く、あまりにも切ない。

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この糞は、長い年月を経て「燐鉱石」(肥料の原料になる)となり、
この採掘、輸出がナウルの基幹産業でした。
これは、人口1万人程度の島国にはあまりあるほどの資源であり、
ナウル国民は夢のような生活をしていたそうです。

「アホウドリの糞でできた国」古田 靖文著 一部抜粋
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一時は日本やアメリカを抜き、国民一人当たりの所得(GNP)が
世界一になったこの国。

しかし燐鉱石の枯渇が危惧されるとともにこの国は転落を始める。


国民は「労働収入」という概念を忘れてしまっていた。

なんとか働かずに収入を得る方法を必死に探すナウル。

・オーストラリアに超高層ホテルを建て、家賃収入を得る
・国際銀行をつくる(世界のマフィアの秘密金庫として)
・国籍を売る(!)
・アフガンやイラクの難民を受け入れ、その対価として資金援助をうける


しかしこんなことは続かず。
アメリカの怒りを買い、国家財政は破綻。
一時期、ナウルに電話が繋がらない「一国まるごと行方不明」
なんてこともあったとか。


・・・これ、個人の話じゃないんですよ。
国家の話なんです。ありえない。お粗末過ぎる。


でも、これってナウルの自業自得、と片付けていいのだろうか。
オーストラリアをはじめとした周辺諸国の対応にも問題はあるはず。

難民や核廃棄物の「掃き溜め」となったナウル。


悲劇はまだ続く。

温暖化に起因する海面上昇により、国家沈没の危機。



この本、一度読むことをオススメします。
人によって持つ感想は様々じゃないかな。。。

古田さんのブログ
http://tekigi.hiho.jp/blog/
copyright © 2005 don all rights reserved.

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INFORMATION

don

Author:don
関西出身、東京に来て6年。
ステムエンジニアを経て2010年夏、ソーシャルビジネスの広がりのお手伝い・企画提案と、キャリア教育のサポートを実施するコンサル会社に転職。追いかけているテーマは地域活性×教育のモデル。活動はNPOアフタースクール、教育カフェ、savongschool(in Cambodia)など。シュミは世界の旧市街歩きと写真を撮ること。

このブログでは、教育・地域活性についてと、夢である世界一周について色々書いていきます。

http://donpj.com

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